ご主人様は山猫姫 辺境見習い英雄編

これこれ!こういうのを待ってたんだ!


【ストーリー】帝国のエリート家系に生まれながらも何一つ才能が無く落ちこぼれの晴凛。やっとの思いで就いた仕事は異国の姫の家庭教師だった。シムール族の末裔ミーネ姫、13歳。それが晴凛の仕える姫。期待してシムールへと向かった晴凛だが、そこにいたのは、落ち着きなく駆け回る・わがまま・気に入らないと暴れまくる問題児だったのだ!そんな彼女のことを人々は山猫姫と呼ぶ。そして苦労しながらも次第に打ち解けて行く晴凛だったが、あることを切っ掛けに和平を結んでいたシムールが帝国に宣戦布告してきた!晴凛は板挟みな状況の中、窮地を脱することができるのか!?



…やばい、超面白かった。ここ最近の作品の中でも飛びぬけて面白かった。久々に☆5つですが、今までの☆5よりもさらにワンランク上をいく出来でしたよ!多くの名作を読んできた人でも十分に楽しめる作品、これは断言できますね!


この作品のモチーフは8〜12世紀の中国周辺諸国となっています。でもあくまで下敷きであって、そこで起こることはフィクションです。ですが実際の歴史にあったのではないかと思われるほど、とてもよく作りこまれていました。

中国と北方民族のような関係をもつ、延喜帝国とシムール族の国。自然溢れる情景描写。そしてそこに生きる人々とその生活。
それらが頭の中にありありと映し出され、まるで大河映画を見ているような壮大なスケールを感じられました。


簡単に舞台の説明すると、

・帝国とシムール族の関係と歴史

かつて帝国と北方民族であるシムールの2国は百年間も確執のある敵国同士だった。2国はお互いの国へ大損害を伴う戦争を繰り返していたが、あるとき北方太守に任命された月原弦斉という人物によって信じられないほどあっさりと和平を結ぶことに成功する。
この物語は、その和平を結んで間もない頃の話になります。


そして晴凛は、唯一得意としている外国語の才能を買われて、貿易など友好的な関係を保ち続けた2国の和平の証として帝国の皇帝に嫁ぐこと決まったミーネ姫をちゃんとした「姫」へと教育するために帝国の最北端の町・侘瑠徒(タルト)へ。
前半部の大半は山猫のようなミーネ姫と徐々に和解して勉強や振る舞いを教えることが中心に進み、同時に侘瑠徒の町に住む人々との交流が描かれます。
この部分ではこの作品の大きな魅力の一つである人々の描写がいかんなく発揮されていました。


特にミーネは素晴らしかった!
彼女の行動は「山猫姫」と呼ばれるとおり、とんでもないやんちゃっぷりです。でも時折見せる彼女の真っ直ぐな言葉は心の芯に響くものがありますね。

例えば晴凛がミーネに漢字の由来を説明しながら教える場面

「晴凛の字も『さんずい』なのだな!いい水なのだ、お前も!」
「…えーと。さんずいじゃありまえんよ。『にすい』です」
「『にすい』?違うのか?水では無いのか?」
「近いけど、違います。『にすい』は氷を意味します」
「…氷」
 晴凛は言葉の端に自嘲の響きを込めて答えた。
「ええ、そうです。水の仲間に入れてもらえない…使えない、氷です」
「…」
 ミーネは黙ったままの晴凛の顔を見上げていたが、いきなりその顔に抱きついた。
「そんなことはないっ!」
「え…わぷっ!?」
 晴凛の頭に抱きついたまま、ミーネは叫んだ。
「晴凛はあたたかい!いい水だ!こ、凍っているというなら…わたしが、あたためてやる!(以下略)」

こういった彼女の数々の言葉はとても心地よく読者の心に入りこんできますね。


主役級の人物以外にも魅力的な人物はたくさん出てきます。

例えばミーネの世話係であるミリン。
彼女はミーネの世話係をしているだけあって、とても厳しい性格で尚且つすごい毒舌。
でもその厳しさの節々にミーネを大切に思っていることが感じられる優しい人物です。

他にも、晴凛が侘瑠徒の街で出会った青年・皇伏龍。
彼は元々天才を集めた塾に属する人間で本人自身もかなり頭が良く、後の方では戦略や奇策を考えだす策士として描かれますが、周りには彼を慕う人が大勢いるような所謂義理を重んじるアニキ的な魅力の持ち主です。


こうした主人公のまわりの人物以外にも、ちょっとしか出てこない人物はたくさん登場します。
ですがその人たちにしてもちゃんとこの本の世界で生きている息吹が感じられる程丁寧な描写で魅せてくれますよ。


そして最重要人物であるのはやっぱり主人公の晴凛ですね。
自分でも言っているとおり彼は確かにできることは少ないです。ですが、自分がどれだけ小さい存在なのか理解しつつ今自分にできることを一生懸命考え、それを誠実にやりとおす立派な人間です。

中盤に差し掛かるとその誠実さとある才能を開花させることにより、「帝国人」として敬遠されがちだったシムールの人々とも打ち解けることになりますが、何より彼の存在はミーネやシムール族と伏龍などの侘瑠徒にすむ人々をつなげる重要な存在になっていました。
それは両国の言葉が使えるというだけでなく、本当に両国の人々に対して誠実かつ優しく接することができるからなんですね。



ここまでキャラクターについてばかり書いていますが、ストーリーや展開も魅力的でした!

前半は上記のとおり晴凛とミーネが打ち解けていくパートですが、中盤からある人物の策略により北方太守の月原弦斉が左遷されてしまい、代わりに来た役人によって弦斉が築き上げてきたシムールとの関係が危ういものに。
やっと平和になった帝国とシムールがある一件によって再び戦争の危機へと移ってしまいます。


せっかく築き上げた平和を私利私欲のために動いた結果、両国を戦争の危機に貶めた役人の小悪党っぷりもある意味素晴らしいですし、その後晴凛の元へ彼を慕うミーネやシャン族、そして侘瑠徒の人々が集うシーンも胸が熱くなりました。



イラストについても、カラーページはまるで映画の一部を切り取ったような美しい出来ですし、本編のほうも奥行きや構図が上手で気に入りました。


1巻だけだと続きが読みたくて夜中に悶絶すること間違いなしなので、同時に2巻も一緒に買うことをお勧めします。