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半分の月がのぼる空1〜8

感想 電撃文庫 半分の月がのぼる空 恋愛 シリアス 橋本紡 山本ケイジ ☆☆☆☆☆


【ストーリー】普通の高校生・裕一は、入院した病院で退屈を持て余して病院を抜け出しては看護婦の亜希子さんに捕まる毎日を送っていた。
そんなある日、亜希子さんの提案で心臓病を患った美しい少女・里香と出会う。
長期入院のため人との距離感が掴めない彼女のワガママに振り回されながらも次第に心魅かれていく裕一。一時は生きることを諦めていた里香もまた、真直ぐに自分を想ってくれる裕一に思いを寄せていく。


これは、なんでもない、ごく普通の話。男の子と女の子が出会う、ただそれだけの話。

これは

私が一番最初に出会ったライトノベルにして、一番好きな作品です。

この作品に限っては物凄く思い入れがあるので作品自体の評価としては怪しいかもしれません。でもこれを読んで感じたことを正直に書きました。


多分この作品は読む人、特に年齢や現在置かれている境遇によって大きく変わると思います。
私の場合も、もし読んだのがちょうど登場人物たちと同じ世代でなければここまで感銘を受けることはなかったかもしれませんし。

ストーリー自体はライトノベルに限らず多くの文芸作品で取り上げられるような病院内での青春ボーイ・ミーツ・ガールですので、よくある話だと言われれば反論はできません。それどころか、ご都合主義だとか先が読める展開と言われてもその通りだと思います。


それでも、なんと言われようとも、私はこの作品が大好きだということは絶対に変わりません。



病気の女の子と普通の男の子の悲恋愛物語

といえば小説に限らず、映画や漫画などで悲恋愛を主題にしたら王道の中の王道とも言える程沢山あるでしょう。でも個人的に「半月」は実はそれらとは違う視点を置いている作品なんじゃないかと思います。


前者が「病気が命を奪うまでの限られた時までの幸せ」を描いていたとしたら、半月は「何も分からない未来に不安を感じながらも生きていく姿」を描いたものなんじゃないかな。
死を意識していることは同じですが、「死」か「生」という点で真逆の方向を向いていますね。


確かに里香は重い心臓病を抱えていていつ死んでしまうかもわかりません。それを知っている裕一は常に里香がいなくなってしまう不安…というより恐怖ですかね。それにさらされているわけですが、決して「いつかいなくなってしまう恐怖に怯えながら生きる」みたいに後ろ向きな姿ではなく、「いつかいなくなってしまう。でも今この時を一緒に歩いていく」といった不安を抱えながらも一瞬一瞬を大切に生きている姿を見せてくれるようになります。

この「先に何があるかわからないけど、それでも手探りで未来に歩いて行く」というのはそのまんま、「未来に不安を感じている思春期の少年少女」にも当てはまるんですよね。

結局のところ半月は「重病を抱えた少女と普通の少年の非恋愛物語」ではなくて、「未来に不安を覚えながらも成長していく少年たちの青春物語」なんです。


キレイな話のように思えますが

実際のところ、退廃的だったりする部分もあるんですよね。

最初のころ、裕一は良い意味でも悪い意味でも「子供」なんです。
少年特有のある事に真直ぐ行動を起こせる力強い行動力もあれば、
里香という可愛い女の子と仲良くなれたことで、将来は地元を出て都会で働き、幸せな家庭を作れるんだろうな〜、なんて無条件に「未来はきっと明るい!」と信じて疑わない幼稚さも持っています。


真直ぐな行動力は結果として里香に「生きる」ことを諦めさせないことが出来ましたけど、夏目の叱責を受けたことで現実味を帯びて「里香は自分よりも早く、それもかなり若くして死んでしまう」ということを知ると、不安、恐怖、絶望を一気に感じてやさぐれたり、何もかも放り出そうとしてしまいます。


未来に楽観視していたかと思えば、実際自分の未来が真っ暗な闇に包まれていると知ると何もできずに嫌なことから逃げ回り、早く今日が終わればいいと繰り返し思う毎日。なんで自分がそこにいるのか、自分が何をしているのか、何をしたらいいのかもわからない。

そんな当時の自分とこの時の裕一は状況こそ全く違えども、立ち止まってしまった点で他人とは思えませんでした。


そしてその後の裕一は

1巻のころと比べるとホントに「大人」と「子供」くらい成長していて(もちろんまだ未熟な部分を残している「子供」ではありますが)、同じ立場にいたと思っていた私は裕一の成長が嬉しいと共に、微かにおいてけぼりをくらったような寂しいような気分を感じていたと思います。
本編ラストの6巻(7・8巻は短編と後日譚)を読み終えたときは、同じ立場にいたはずの裕一たちはちゃんと前を向いて歩きだしたのに自分は何をしているんだろう、と自分が情けなくて仕方ありませんでした。


劇中で裕一の悪友の山西が自分の未来に対しての不安を裕一に打ち明けたシーンや、司の未来に対する覚悟を後押ししたところは、同時に私に対しても「いつまで下を向いて止まったままでいるんだ?」と手を差し伸べて言われているような気がして、ようやくちょっとは前を向いてみようかという気持ちが湧いてきたことを覚えています。



総合

かなり私情が混ざっていますが、☆5つ…というより最初にも言いましたが評価不能に近いですね。物の見方が変わっただけですが、自分の人生を少しでも変えてくれた作品なので正直作品の出来を評価したとは言い難いかもしれません。

冷静に考えてみれば「銀河鉄道の夜」やその他にも沢山の文学作品が登場して、それらをうまーく作中で取り入れたりと作品自体かなり面白いものだと思います。


でもとにかく登場人物たち全員、裕一や里香以外にも友人の司と山西、幼馴染のみゆきもそれぞれ違った形で未来に対しての不安を抱えていて、それでも止まらずに前を向いているんですよね。
ちょうど同世代で同じように未来に対して不安を抱えていた私にとって彼らは同じような悩みを持っている仲間の感覚だったので、彼らの成長は私自身にも後押しとなるものでした。
夏目にしても少年と呼べるようなキャラでは無いのですが、一々憎ったらしい彼の叱咤はダイレクトに私にも励ましになっていましたし、彼の過去話を読んでからは夏目が大好きです。


多分この本の影響から基本的に私はライトノベルのキャラクターはどんな性格でも「ある目標(持っていなくても何か)に前を向いて進んでいる」人物が好きになったように思います。



そして最後に
この本で色々と変われた私としましては、是非ともちょうど15〜18歳くらいの将来に悩んでいる人たちに読んでほしいですね。

「僕らの両手は何かを掴むためにあるんだ」

きっとこの本の登場人物たちは貴方方にとって身近になって一緒に悩み、勇気づけてくれる仲間となってくれると思います。




この作品を世に生み出してくれた橋本紡先生と素晴らしいイラストを乗せてくれた山本ケイジ先生に感謝。