夜想譚グリモアリス1 かくてアダムの死を禁ず

【ストーリー】『教誨師』それは大罪を犯し、法の目を掻い潜って裁かれないでいる人間を地獄へ送るために煉獄より遣わされた人ならざる者。巨大な資産を持つ桃原グループの御曹司桃原誓護は現グループの社長である叔父と話をつけるために向かった教会で、教誨師・アコニットに遭遇する。アコニットは、教会へ集まった誓護とその妹祈祝(いのり)と叔父の代理で来た秘書の姫沙・流れのコック加賀見、更には教会のシスターである森と真白の中に大罪を犯した者がいると告げる…



現在富士見ファンタジア文庫で続刊中の「幻想譚グリモアリス」の前身であるシリーズです。

今は無くなってしまいましたが富士見ミステリー文庫刊なので、当然内容はミステリになっています。
でもカテゴリの欄にミステリと魔法という普通なら考えられない組み合わせの通り、純粋なミステリとは言い難いですね。私はミステリ小説というものをあまり読まないので何とも言えませんが、本当にミステリが好きな方からしてみると邪道かもしれません。

そういう意味でミステリ小説と読んだ場合は微妙かもしれませんが、設定やストーリーは良く作りこまれて面白かったです。


ストーリーは、教会へ集まった7人の中に過去において人殺しの罪を犯した人間がいて、教誨師であるアコニットはその人間に地獄の烙印を押すためにやってきた。しかし教誨師は既にその犯人を知っているわけではなく、その殺人が行われた現場で過去を見る能力"遡及編纂能‐デフラグメント‐"を駆使し、それを証拠に罪人を特定する。アコニットは誓護の持つ「ある秘密」を知り、その秘密を盾に誓護に犯人捜しをさせます。

この設定は確かに純粋なミステリとしては受け入れられないものかと思いますが、次々に明らかになる真実を追っていくの快感はミステリに近しいものがありますね。

以前、ub7637さんのエントリミステリとライトノベルの相性の悪さって、作家とジャンルの相性の悪さみたいなもんじゃないかと思うわけですよ。にて、「ミステリ作家が書いたラノベっぽいミステリってきちんとミステリしてるけど、ラノベ作家が書いたミステリっぽい作品って、いまいちミステリのコンテクストに沿ってないよね?」という意見のとおり、ちょっと構成に関しては難有りですが、そこまで気にしなければ楽しめるんじゃないかと思います。
まあ、ハッキリ言ってしまえば殺し方やトリックなどで魅せる作品では無いですね。


ですが、キャラクターの造詣がかなり良かったな。

桃原誓護
彼は大財閥の桃原グループの御曹司ということもあり、財力・知力・外見の良さなどを兼ね備え、更に大人たちとも渡り合っていけるほどの根性もあります。ところがそんな彼にも大きな欠点が…

「そんな格好でお寒くないですか?」
「全然。だっていのりは僕の太陽だからね!」

「ほら見ろよ、アコニット〜。この天使の寝顔…。なー、可愛いだろ〜?ああ、何て清らかな――うあっち!?ちょ、やめろよ!いのりが起きちゃうだろ!」

と、かなり重度の変態(シスコン)です。

「誓ちゃまは常軌を逸したシスコン野郎だからおモテにならないんです。普通の女の子になんか最初から興味はありません」
「む、それもそうか。まあ、見るからにイカレきったペド野郎だからな」
「しかもシスコンです。最低の人種です」
「…泣くぞ、アイツ」


それは既知の人たちには周知の事実で周りからの罵声もすごいことになってますw

ですが、かなりの変態さんではあるものの、いざ極地に立たされたときの頭のまわり具合や毅然とした態度は主人公らしいかっこよさを見せてくれます。

最初、それこそ死神のような相手であるアコニットに対しても一歩も引かずに――それどころか話術で相手を言いくるめるぐらいの肝の据わり方をしています。

その毅然とした態度と妹であるいのりのことになると過剰な反応を見せる理由も中々好ましいのもで、かなり気に入ったキャラクターですね。


アコニット
彼女は冥府より遣わされし教誨師グリモアリス―。教会に集まった誓護たちのグループの中から大罪を犯した人間に烙印を押しに来ます。

登場した当初は人間を虫扱いする悪魔のごとく高慢な態度で、行動も荒々しいものです。
しかし、その実態はかなり人間らしく、弱みを握ったはずの誓護に逆に弱みを握られたりもします。

彼女は所謂「ツンデレ」に該当するのでしょうけれどそんなテンプレートな性格では無く、良い意味でプライドの高い性格であざといところはありませんでした。時に見せる素の反応が可愛かったりもしますけどw
実は内面的にもかなり弱く、虚勢を張って強がってばかりいますが、それでも彼女の態度は清々しい感じです。



事件から解決までの流れをざっと見直すとやはりそれ程ミステリ的な魅力があるものとは思えませんが、この作者の文章は緊張感のある場の雰囲気を作るのがうまかったですね。
閉鎖された教会の中、誰が人殺しをしたのかもわからずに疑心暗鬼になる様や、ある一言によって場の流れが変わる文の作り方、それにキャラクター同士の腹の底を探り合うようなやり取り、そういった文章全体の「流れ」に関してはかなりレベルの高いものだったと思いますね。
とにかく人物の心理・場面描写の実力は確かです。

それに、ところどころに過去の出来事を挟む文章の構成も最初は読みずらいところもありますが、慣れてしまえばそこが味のある部分として感じられました。



色々欠点もあると思いますが、総合的にみると結構楽しめましたし、☆4つです。
現在普通の書店で富士ミスを買うことができるのかはわかりませんが、もし見つけた場合は数ページでも立ち読みするか、古本屋にあったら1巻だけでも試しに買ってみて欲しいですね。